図書館や食堂による学生生活の充実も「リア充」であるはずなのだが、人々が「リア充」と言う場合はとても狭い意味でのみ使われる。 これは何故かと考えてみるに、この言葉が「状況の叙述」ではなく「格差の浮き彫り」に使われているため、という仮説を立ててみた。
つまり人々は、自分と他人とを比較して格差を浮き彫りにするのが大好きなのだ。自分の方が恵まれている部分を見て優越感に浸りたいし、他人の方が恵まれている部分を見て僻みたい。 僻む者同士には連帯感も生まれる。 そういう欲求に応える言葉として、「リア充」の語が発明された。